現在使用されているラテン語の地名には、
① ローマ時代に実際にラテン語で名づけられたもの。
② ローマ時代の名前はなかったが、ラテン語で文書を書く必要性から現地名をラテン語風にしたもの。
の二種類があります。
前者は、古代ローマ帝国の属州名・軍営都市名・植民市名・行政都市名などとして、ローマ人自身が用いた地名です。たとえば Gallia, Hispania, Britannia, Dacia, Bonna, Moguntiacum, Argentoratum, Colonia Agrippinensis などがこれに属します。これらの地名は、単なる古名ではなく、その土地がローマ帝国の支配・軍事・街道・都市制度・属州統治・ラテン語文化の中に組み込まれていたことを示しています。
これに対し後者は、ローマ帝国の正式行政地名ではなかったり、あるいはローマ時代にはまだ重要都市ではなかった土地について、中世・近世の西欧世界でラテン語文書を書く必要から整えられた地名です。たとえば Bohemia, Moravia, Polonia, Cracovia, Posnania, Varsovia, Iaponia, Corea などがそうです。これらは、教皇庁文書、大学の学籍簿、年代記、外交文書、神聖ローマ帝国の法文書、学術著作などの中で用いられました。したがって、これらの名称は、その土地が中世キリスト教世界・ラテン語学術世界・近世ヨーロッパ外交世界の一員となったことを示しています。
後者のほうが類推しやすいともいえますが、いずれにせよ、現代語の地名とかけ離れていて、たいへん分かりにくくなっています。とりわけ、現代語ではドイツ語・フランス語・英語・イタリア語・ポーランド語などで別々の呼び方をすることも多く、ラテン語形との対応を整理しておくと便利です。ここで分かりやすくまとめておきます。
- Argentoratus (Argentoratum), Argentorati (m.(n.))
- Batavia, Bataviae (f.)
- Bohemia, Bohemiae (f.)
- Bonna, Bonnae (f.)
- Borussia, Borussiae (f.)
- Britannia, Britanniae (f.)
- Caledonia, Caledoniae (f.)
- Colonia Agrippina (Colonia Agrippinensis), Coloniae Agrippinae (f.)
- Corea, Coreae (f.)
- Cracovia, Cracoviae (f.)
- Dacia, Daciae (f.)
- Eboracum, Eboraci (n.)
- Gallia, Galliae (f.)
- Hispania, Hispaniae (f.)
- Iaponia, Iaponiae (f.)
- Londinium, Londinii (n.)
- Lutetia, Lutetiae (f.)
- Moguntiacum (Mogontiacum), Moguntiaci (n.)
- Moravia, Moraviae (f.)
- Neapolis, Neapolis (f.)
- Polonia, Poloniae (f.)
- Posnania, Posnaniae (f.)
- Praga, Pragae (f.)
- Saravia, Saraviae (f.)
- Silesia, Silesiae (f.)
- Sina, Sinae (f.)
- Tolosa, Tolosae (f.)
- Treveris / Augusta Treverorum, Treveris / Augustae Treverorum (f.)
- Varsovia, Varsoviae (f.)
- Vindobona, Vindobonae (f.)
- まとめ
Argentoratus (Argentoratum), Argentorati (m.(n.))
アルゲントラートゥス(アルゲントラートゥム)。
現在のフランス共和国ストラスブール市(Strasbourg)。
ドイツ語ではシュトラスブルク(Straßburg)、英語ではストラスバーグ(Strasbourg)、イタリア語ではストラスブルゴ(Strasburgo)、スペイン語ではエストラスブルゴ(Estrasburgo)。
古代ローマ時代の Argentoratum は、ライン川方面の防衛のために設けられた軍営都市名です。したがって、この地名は単なる古名ではなく、ローマ帝国の北東辺境の軍事拠点であった歴史を背負っています。その後、この地はフランク人の支配を受け、中世にはストラスブール司教座の所在地として重要な宗教都市となりました。つまり、この町は、ローマの軍営都市であると同時に、中世ラテン・キリスト教世界の司教都市でもあったのです。現在でもアルザス地方の文化的二重性を象徴する都市であり、ラテン語名・ドイツ語名・フランス語名の併存は、その歴史をよく示しています。
Batavia, Bataviae (f.)
バターウィア(バタウィア)。
概ね現在のオランダ王国に相当する地域。オランダ語ではネーデルラント(Nederland)、ドイツ語ではニーダーランデ(Niederlande)、英語ではネザランド(Netherlands)、フランス語ではペイバ(Pays-Bas)、イタリア語ではパエージ・バッシ(Paesi Bassi)。
Batavia は、厳密には近代国家オランダの正式古名というより、ローマ時代に現在のライン河口付近に住んでいたバタウィ族(Batavi)にちなむ名称です。バタウィ族はローマ帝国と密接な軍事関係を持ち、補助兵としても知られました。そのため Batavia は、後世には学術ラテン語で「オランダ」を表す古典風の呼称として広く用いられました。
中世にはこの地はフランク王国・神聖ローマ帝国・低地地方の一部として展開し、近世には商業・海運・大学・法学の中心地ともなります。したがって Batavia という語は、ローマ辺境の部族地帯から近世ラテン学術世界のオランダへとつながる名でもあります。
Bohemia, Bohemiae (f.)
ボヘミア。
現在のチェコ共和国チェヒ地方(Čechy)。
ドイツ語ではベーメン(Böhmen)、チェコ語ではチェヒ(Čechy)、英語ではボヒーミア(Bohemia)、フランス語ではボエーム(Bohême)、イタリア語ではボエーミア(Boemia)。
Bohemia は、ローマ帝国の属州名ではなく、中世以降のラテン語文書で定着した名称です。この地方は古代ローマの直接支配下には入りませんでしたが、ローマ世界の北方に接する中欧の重要地域でした。中世にはボヘミア王国として神聖ローマ帝国の有力な構成国となり、プラハを中心にラテン語文書文化が発達しました。
したがって Bohemia という語は、ローマ帝国の外縁にあった土地が、のちに中世西方キリスト教世界の王国としてラテン語文化圏へ組み込まれていったことを示しています。
なお、Bohemia は、古代ローマ人がその地域をまったく知らなかったわけではありません。1世紀頃の古典古代の著者に、Boiohaemum / Boiemum のような形で現れており、これはケルト系の Boii (ボイイ族)と「家・住地」を表す語から成ると説明されています。つまり、現代のラテン語形 Bohemia は中世・近世に整えられた綴りではありますが、古代にさかのぼる地名伝承を持つといえます。
Bonna, Bonnae (f.)
ボンナ。
現在のドイツ連邦共和国ボン市(Bonn)。
英語・フランス語でもボン(Bonn)、イタリア語ではボンナ(Bonna)またはボン(Bonn)とされることがあり、スペイン語でも一般にボン(Bonn)。
Bonna はローマ時代のライン川沿いの軍営・都市であり、ローマ帝国のゲルマニア方面防衛線の一部でした。この地域一帯は、ローマ帝国の北辺防衛と街道網において重要な意味を持ち、のちにはフランク王国へと継承されます。
中世には、ライン地方全体が司教領や修道院領の密集するキリスト教世界の中核となりました。ボン自体は近代になるまでケルン大司教との関係で発展するため、ローマ辺境都市であるとともに、中世ライン地方教会圏の一部でもあります。
Borussia, Borussiae (f.)
ボルッシア。
旧ドイツ帝国プロイセン州(Preußen)。
ドイツ語ではプロイセン(Preußen)、英語ではプラッシャ(プロシア)(Prussia)、フランス語ではプルス(Prusse)、イタリア語ではプルッシア(Prussia)。
Borussia はローマ時代の名称ではなく、近世以降にプロイセンを表すラテン語名として用いられたものです。プロイセンは、もともとバルト海沿岸の古プロイセン人の土地を基礎とし、中世にはドイツ騎士団国家、のちにはブランデンブルク=プロイセン、さらに近代ドイツ統一の中心国家となりました。
したがって Borussia は、古代ローマ世界ではなく、中世騎士修道会国家・近世王国・近代ドイツ国家形成史を背景にもつ名です。学術ラテン語ではとくに好まれ、大学名や著作名の中にも現れます。サッカーチーム「ボルシア・ドルトムント」(Borussia Dortmund)にも名を残しています。
Britannia, Britanniae (f.)
ブリタンニャ(ブリタニア)。
概ね現在の連合王国イングランド及びウェールズに相当する地域。
英語ではブリテン(Britain)またはブリタニア(Britannia)、フランス語ではブルターニュではなくブレターニュと区別してグランド=ブルターニュ(Grande-Bretagne)またはブリタニア(Britannia)、ドイツ語ではブリタニエン(Britannien)、イタリア語ではブリタンニア(Britannia)。
Britannia は、ローマ帝国の属州名として極めて重要です。カエサルの遠征の後、クラウディウス帝の時代に属州化され、ローマの軍団・道路・浴場・都市・城壁・法秩序が導入されました。したがってこの地名は、ローマに征服され、ローマ化されたブリテン南部を意味します。
しかし、ローマの支配が及んだのは主として南部・中部であり、北方のスコットランドまでは完全には支配されませんでした。この違いが、次の Caledonia との対比で重要になります。また、ローマ撤退後も、ラテン語キリスト教文化はブリテンに痕跡を残し、後の中世イングランド教会の形成にも間接的な影響を与えました。
Caledonia, Caledoniae (f.)
カレードニャ(カレドニア)。
現在の連合王国スコットランドに相当する地域。
英語ではカレドニア(Caledonia)、ドイツ語ではカレドーニエン(Kaledonien)、フランス語ではカレドニー(Calédonie)、イタリア語ではカレドーニア(Caledonia)。
Caledonia は、ローマ人がブリテン島北部の、すなわち現在のスコットランドにあたる地域を呼んだ名称です。ここはローマ帝国の支配が十分に及ばなかった土地で、ハドリアヌスの長城やアントニヌスの長城は、まさにこの「ブリタニア」と「カレドニア」の境界を示すものでした。
したがって、 Britannia が「ローマ化されたブリテン」であるのに対し、Caledonia は「ローマの外にある北方世界」という響きを帯びます。後世にはスコットランドの詩的呼称としても用いられました。
Colonia Agrippina (Colonia Agrippinensis), Coloniae Agrippinae (f.)
コローニャ・アグリッピーナ。
現在のドイツ連邦共和国ケルン市(Köln)。
イタリア語ではコローニャ(Colonia)、フランス語・英語ではコローニュ(Cologne)、オランダ語ではクーレン(Keulen)、スペイン語ではコロニア(Colonia)、ポーランド語ではコローニャ(Kolonia)。
ケルンはローマ時代の正式名称を Colonia Claudia Ara Agrippinensium といい、しばしば略して Colonia Agrippinensis などとも呼ばれます。文字どおり「植民市」を意味する colonia という語が都市名に残っていることからも分かるように、この町はローマの植民市でした。しかも後には下ゲルマニア属州の首府級の都市として発展しました。
中世に入ると、ケルンは早くから司教座、のちには大司教座となり、ドイツ中世教会の最重要拠点の一つとなります。したがってこの都市は、ローマ植民市であるとともに、中世カトリック世界の大司教都市でもあります。
Corea, Coreae (f.)
コレア。
朝鮮のこと。
英語ではコリア(Korea)、フランス語ではコレ(Corée)、ドイツ語ではコレーア(Korea)、イタリア語ではコレーア(Corea / Korea)、スペイン語ではコレア(Corea)。
Corea はもちろんローマ古代の地名ではなく、近世以降に東アジア世界をラテン語で記述する必要から成立した名称です。宣教師、地理書、地図、外交文書、学術文献などで使われました。
したがってこの語は、ローマ帝国史よりもむしろ、キリスト教宣教・世界地理の拡張・近世ヨーロッパの普遍史叙述と関係しています。
Cracovia, Cracoviae (f.)
クラコウィア。
現在のポーランド共和国クラクフ市(Kraków)。
ドイツ語ではクラーカウ(Krakau)、英語ではクラカウ(Krakow / Cracow)、フランス語ではクラコヴィ(Cracovie)、イタリア語ではクラコーヴィア(Cracovia)、スペイン語ではクラコビア(Cracovia)。
Cracovia はローマ帝国の正式都市名ではなく、中世ポーランド王国の主要都市としてラテン語化された名称です。クラクフはポーランド初期王権の中心であり、司教座・王都・大学都市として発展しました。
したがって Cracovia は、ローマ都市名ではなく、中世ラテン・カトリック世界に属する王国都市名です。ポーランドのような地域では、ラテン語は教会と国家の公的文書語であったため、この形が強く定着しました。
Dacia, Daciae (f.)
ダーキャ(ダキア)。
概ね現在のルーマニアに相当する地域。
ルーマニア語ではダチア(Dacia)またはルーマニア(România)との歴史的対比で用いられ、ドイツ語ではダーツィエン(Dazien)、英語ではデイシア(Dacia)、フランス語ではダシー(Dacie)、イタリア語ではダーチア(Dacia)。
Dacia はローマ帝国の属州名として非常に有名です。トラヤヌス帝の征服によってローマ領となり、ドナウ川以北における重要な前進拠点となりました。金銀などの鉱山資源でも知られます。
現代ルーマニアは、自らのラテン系言語と民族形成をローマ支配と結びつけて理解する傾向が強く、Dacia は単なる古名以上に、ローマ的起源意識と結びつくことがあります。したがってこの語は、属州史と近代国民史の双方にまたがる地名です。
Eboracum, Eboraci (n.)
エボラクム。
現在の連合王国ヨーク市(York)。
英語ではヨーク(York)、フランス語ではヨルク(York)、ドイツ語ではヨルク(York)。
ローマ時代のブリテン北部の重要都市で、後に中世イングランド教会の大司教座ともなります。
Gallia, Galliae (f.)
ガッリャ(ガリア)。
概ね現在のフランス共和国に相当する地域。
フランス語ではゴール(Gaule)、英語ではゴール(Gaul)、ドイツ語ではガリエン(Gallien)、イタリア語ではガッリア(Gallia)、スペイン語ではガリア(Galia)。
Gallia は、現代のフランスだけでなく、古代にはベルギー・西ドイツ・北イタリアの一部まで含む、より広い地理・民族・行政概念でした。カエサルの『ガリア戦記』でも有名です。ガリアはローマによって征服・都市化され、その後はラテン語とキリスト教が深く浸透しました。フランク王国や中世フランス王国は、このローマ化されたガリアを基盤として展開したため、フランス文化の基層には Gallia の歴史が色濃く残っています。
Hispania, Hispaniae (f.)
ヒスパーニャ(ヒスパニア)。
概ね現在のスペイン王国に相当する地域。
スペイン語ではエスパーニャ(España)、ポルトガル語ではエスパーニャ(Espanha)、イタリア語ではスパーニャ(Spagna)、フランス語ではエスパーニュ(Espagne)、英語ではスペイン(Spain)、ドイツ語ではシュパーニエン(Spanien)。
Hispania も、現代スペインだけでなく、本来はイベリア半島全体を指すローマの地理・属州概念です。ローマはこの地域を段階的に征服し、属州に分割統治しました。
中世には西ゴート王国、のちにはイスラーム支配とレコンキスタ諸王国の歴史を経ますが、ラテン語文書の中では Hispania が長く生き続けます。現代語の España, Espagne, Spain, Spanien, Spagna などは、この古い名称の変化形と考えることができます。
Iaponia, Iaponiae (f.)
ヤポーニア。
日本のこと。
英語ではジャパン(Japan)、フランス語ではジャポン(Japon)、ドイツ語ではヤーパン(Japan)、イタリア語ではジャッポーネ(Giappone)、スペイン語ではハポン(Japón)。
Iaponia はもちろんローマ古代の地名ではなく、近世以降にヨーロッパ人がラテン語文書で日本を表記するために作った名称です。宣教師や地理学者、大学人、外交官などが使用しました。
したがってこの語は、古代ローマ世界との直接関係ではなく、むしろ近世カトリック宣教、イエズス会報告、世界地理、欧州学術ラテン語と深く関わります。ラテン語で日本史や日本地理を記述する文献では、しばしば Iaponia が用いられました。
Londinium, Londinii (n.)
ロンディニウム。
現在の連合王国ロンドン市(London)。
英語ではロンドン(London)、フランス語ではロンドル(Londres)、ドイツ語ではロンドン(London)、イタリア語ではロンドラ(Londra)。
ローマ支配下のブリタンニア最大級の都市の一つで、交易・行政・交通の中心でした。
Lutetia, Lutetiae (f.)
ルテーティア。
現在のフランス共和国パリ市(Paris)。
フランス語ではパリ(Paris)、英語ではパリス(Paris)、ドイツ語ではパリース(Paris)、イタリア語ではパリージ(Parigi)。
ローマ時代のガリア都市で、後のパリにあたります。中世にはフランス王権と大学の中心地となりました。
Moguntiacum (Mogontiacum), Moguntiaci (n.)
モグンティアークム(モゴンティアークム)。
現在のドイツ連邦共和国マインツ市(Mainz)。
イタリア語ではマゴンツァ(Magonza)、フランス語ではマイアンス(Mayence)、英語ではマインツ(Mainz)、ドイツ語ではマインツ(Mainz)、スペイン語ではマグンシア(Maguncia)。
Mogontiacum は、ローマ帝国のゲルマニア方面軍事・行政拠点として特に重要な都市です。もともとは軍団基地として発展し、後には上ゲルマニア属州の中心となりました。
中世に入ると、この町は単なる古代都市ではなく、マインツ大司教座の所在地となり、神聖ローマ帝国における最重要の教会都市・選帝侯都市の一つになります。つまりこの地名は、ローマ軍営都市と中世帝国教会の中心という二重の歴史を持っています。
Moravia, Moraviae (f.)
モラヴィア。
現在のチェコ共和国モラヴァ地方(Morava)。
ドイツ語ではメーレン(Mähren)、チェコ語ではモラヴァ(Morava)、英語ではモレイヴィア(Moravia)、フランス語ではモラヴィ(Moravie)、イタリア語ではモラーヴィア(Moravia)。
Moravia はローマ属州名ではなく、中世の大モラヴィア王国以来重要な地名です。この地方は、中世スラヴ世界と西方キリスト教世界の接点に位置し、キュリロスとメトディオスの宣教とも深く関係します。
のちにはボヘミア王国と結びつき、神聖ローマ帝国圏の一部としてラテン語文書の中に組み込まれました。したがって Moravia は、ローマ古典世界よりも中世キリスト教化の歴史を強く感じさせる地名です。
Neapolis, Neapolis (f.)
ネアーポリス。
現在のイタリア共和国ナポリ市(Napoli)。
ドイツ語ではネアペル(Neapel)、フランス語ではナプル(Naples)、英語ではネイプルズ(Naples)、スペイン語ではナポレス(Nápoles)。
Neapolis は、「新しい都市」を意味するギリシア語由来の地名で、南イタリアのギリシア植民市として成立し、その後ローマ世界に組み込まれました。したがってこの町は、ラテン語地名でありながら、実際にはギリシア植民都市をローマが継承した都市という性格を持っています。
中世にはナポリ王国の中心都市として栄え、ラテン的・ギリシア的・ノルマン的・スペイン的な要素が重なり合う南イタリア史の中心でした。つまり Neapolis は、古代ギリシア世界・ローマ世界・中世キリスト教王国世界をつなぐ特別な地名です。
Polonia, Poloniae (f.)
ポローニャ(ポロニア)。
現在のポーランド。
ポーランド語ではポルスカ(Polska)、ドイツ語ではポーレン(Polen)、英語ではポーランド(Poland)、フランス語ではポローニュ(Pologne)、イタリア語ではポローニャ(Polonia)、スペイン語ではポロニア(Polonia)。
Polonia はローマ属州名ではなく、中世のポーランド王国をラテン語で表した国名です。ポーランドは西方キリスト教世界に属し、教会・大学・外交・年代記の文書語としてラテン語が広く用いられました。
したがって Polonia は、ラテン語を公的文書語として用いた中世王国を象徴する名称です。現代語でもイタリア語・スペイン語などにはラテン語に近い形が残っています。
Posnania, Posnaniae (f.)
ポスナーニア。
現在のポーランド共和国ポズナニ市(Poznań)。
ドイツ語ではポーゼン(Posen)、英語ではポズナン(Poznań / Posen の旧称あり)、フランス語ではポズナン(Poznań)、イタリア語ではポズナーニア(Posnania)。
Posnania は、中世ポーランド国家形成の最初期から重要な都市の一つであり、司教座としても重要でした。したがってこの名称も、ローマ古典都市というより、中世ポーランドのキリスト教化・国家形成・司教制度を想起させます。
ラテン語名が定着しているのは、まさに教会と国家の記録がラテン語で書かれていたためです。
Praga, Pragae (f.)
プラーガ。
現在のチェコ共和国プラハ市(Praha)。
ドイツ語ではプラーク(Prag)、フランス語ではプラグ(Prague)、英語ではプレイグ(Prague)、イタリア語ではプラーガ(Praga)、スペイン語でもプラーガ(Praga)。
Praga はローマ時代の都市名ではなく、中世ボヘミア王国の首都としてラテン語化された名称です。プラハは中世には司教座、のち大司教座、さらに神聖ローマ皇帝カール4世のもとで大学都市・帝都として栄えました。
したがって Praga は、中世ラテン・カトリック世界の王都・大学都市として理解すべき地名です。現代ヨーロッパ諸語の形も比較的近く、ラテン語形からの連続性が見えやすい例です。
Saravia, Saraviae (f.)
サラーウィア。
現在のドイツ連邦共和国ザールラント州(Saarland)。
ドイツ語ではザールラント(Saarland)、フランス語ではザール(Sarre)、英語ではザーランド(Saarland)、イタリア語ではザールラント(Saarland)。
Saravia は、ローマ属州名というより、近世以降にザール地方をラテン語化した名称として理解されます。ザール地方は、ガリア世界とゲルマニア世界の接点にあり、ローマ街道や軍事拠点の影響も受けました。
中世にはロレーヌやトリーア、メスなど周辺の司教領・公領・帝国領との関係の中で展開し、近代にはフランスとドイツのあいだでしばしば帰属が争われた境界地域です。したがって Saravia は、ローマ辺境世界の残響と近代国境史の両方を感じさせる名称です。
Silesia, Silesiae (f.)
シレジア。
現在のポーランド共和国とチェコ共和国にまたがる地方。
ポーランド語ではシロンスク(Śląsk)、チェコ語ではスレスコ(Slezsko)、ドイツ語ではシュレージエン(Schlesien)、英語ではサイリージア(Silesia)、フランス語ではシレジー(Silésie)、イタリア語ではシレージア(Slesia / Silesia)。
Silesia もローマの正式属州名ではなく、中世・近世中欧史の中で重要となる地域名です。この地方は、ポーランド、ボヘミア、ハプスブルク、プロイセンの支配を順次受けたため、地名形も多言語的です。
中世には司教区・修道院・都市法・鉱山開発などを通じて西方キリスト教世界に深く組み込まれました。したがって Silesia は、中欧の境界地帯・多言語地域・多重帰属地域を表すラテン語名です。
Sina, Sinae (f.)
シナ(支那)。
中国のこと。
英語ではチャイナ(China)、フランス語ではシーヌ(Chine)、ドイツ語ではキーナ(China)、イタリア語ではチーナ(Cina)、スペイン語ではチーナ(China)。
Sina も、ローマ帝国の地名というより、後代のラテン語地理用語です。古代ローマにも東方世界に関する知識はありましたが、現在の中国に対応する表現は断片的でした。中世・近世になると宣教師や地理学者の記述によってより明確な名称が定着します。
したがって Sina は、古代ローマ地理学というより、中世以後の世界地理ラテン語に属する名称です。
Tolosa, Tolosae (f.)
トローサ。
現在のフランス共和国トゥールーズ市(Toulouse)。
フランス語ではトゥールーズ(Toulouse)、英語ではトゥールーズ(Toulouse)、ドイツ語ではトゥールーズ(Toulouse)、イタリア語ではトローザ(Tolosa / Tolosa の古典形意識あり)。
Tolosa は、古代ガリアの都市がローマ時代に発展した例です。したがってこの地名は、ケルト系の古層とローマ都市文化の双方を背負っています。
中世にはトゥールーズ伯領の中心都市となり、南フランスの文化・商業・法学の中心地でした。また、アルビジョワ十字軍や異端審問の文脈でも知られるため、中世キリスト教会史上きわめて重要な都市です。したがって Tolosa は、ガリア都市・ローマ都市・南仏伯都・教会史の舞台という多重の歴史をもつ名称です。
Treveris / Augusta Treverorum, Treveris / Augustae Treverorum (f.)
トレウェリス/アウグスタ・トレウェロールム。
現在のドイツ連邦共和国トリーア市(Trier)。
フランス語ではトレーヴ(Trèves)、英語ではトリアー(Trier)、イタリア語ではトレヴィーリ(Treviri)。
ローマ帝政後期には重要な帝都の一つであり、中世には大司教座として重きをなしました。
Varsovia, Varsoviae (f.)
ウァルソウィア。
現在のポーランド共和国ワルシャワ市(Warszawa)。
ドイツ語ではヴァルシャウ(Warschau)、英語ではウォーソー(Warsaw)、フランス語ではヴァルソヴィ(Varsovie)、イタリア語ではヴァルサヴィア(Varsavia)、スペイン語ではバルソビア(Varsovia)。
Varsovia は完全に後代のラテン語名であり、ローマ古代都市ではありません。ワルシャワが重要都市となるのは中世後期以降で、近世にはポーランド=リトアニア共和国の政治中心となりました。
したがってこの名称は、ローマ帝国ではなく、中世末から近世にかけてのラテン語外交・王権文書・学術世界の中で整えられたものです。
Vindobona, Vindobonae (f.)
ウィンドボーナ。
現在のオーストリア共和国ウィーン市(Wien)。
ドイツ語ではヴィーン(Wien)、英語ではヴィエナ(Vienna)、フランス語ではヴィエンヌ(Vienne)、イタリア語ではヴィエンナ(Vienna)。
ローマの軍営都市で、ドナウ防衛線の重要拠点でした。
まとめ
ラテン語地名は、ただ古い名前を覚えるためのものではありません。それぞれの地名は、しばしば次のいずれか、あるいは複数を背負っています。
- ローマ帝国の属州名
- ローマ軍団の軍営都市名
- ローマ植民市名
- 中世キリスト教会の司教座・大司教座の都市名
- 中世王国・神聖ローマ帝国構成国のラテン語名
- 近世以降の学術ラテン語・外交ラテン語で整えられた国名・都市名
したがって、たとえば
Britannia と Caledonia の違いは、ローマ支配の内と外の違いであり、
Argentoratum, Bonna, Mogontiacum, Colonia Agrippinensis はローマのライン防衛線を示し、
Bohemia, Moravia, Praga, Cracovia, Polonia は中世ラテン・キリスト教世界への編入を示し、
Neapolis, Tolosa は古代都市が中世にも重要性を保った例を示しています。
つまり、ラテン語地名は、ヨーロッパ史そのものを圧縮した語彙集なのです。

