古代ローマの属州一覧① – provinciae S.P.Q.R.

ラテン語

ラテン語の provincia は、もともとは、執政官や法務官に割り当てられた 職務・担当区域 を意味しました。そこから次第に、「ローマが支配する海外領土」という意味が強くなり、日本語の「属州」にあたる意味になりました。

したがって、属州とは、本来的にはイタリアの外にある支配地域です。したがって、共和政期から初期帝政期にかけて、イタリア本土は属州ではありません でした。イタリアはローマ市民共同体の中核であり、属州とは法的地位が異なっていました。しかし、後の時代になると、イタリアの特別な地位は次第に弱まり、行政区画の再編も進みます。そのため、どの時代の「属州」かで細部は変わります。

つまり、ローマの「属州」(provincia)は時代によって大きく変化します。その概要を述べれば、

  • 共和政期は征服地を順次属州化していく段階
  • 元首政期は属州数が大きく増え、分割・統合も進む段階
  • 後期帝政はディオクレティアヌス改革以後、属州が非常に細分化される段階

です。

したがって、ここではまず 時代ごと に、日本語名/ラテン語名/現在のおおよその地域 を付して一覧にします。

なお、同名の州でも時期により範囲が異なります。共和政期の属州成立、元首政期の新設・再編、後期帝政の細分化という大枠は以下の主要資料に基づき整理しています。

1 共和政期の属州一覧

日本語名ラテン語名属州化の時期現在のおおよその地域
シキリアSicilia前241年イタリアのシチリア島
サルディニアおよびコルシカSardinia et Corsica前237年イタリアのサルデーニャ島・フランスのコルシカ島
ヒスパニア・キテリオル(近ヒスパニア)Hispania Citerior前197年スペイン東部・北東部沿岸
ヒスパニア・ウルテリオル(遠ヒスパニア)Hispania Ulterior前197年スペイン南部・南西部
マケドニアMacedonia前147/148年頃北マケドニア・ギリシア北部・周辺
アフリカAfrica前146年主としてチュニジア、加えてアルジェリア東部・リビア西部
アシアAsia前129年小アジア西部、現在のトルコ西部
ガリア・ナルボネンシスGallia Narbonensis前120年フランス南部(地中海沿岸)
クレタおよびキュレナイカCreta et Cyrenaica前67年ギリシアのクレタ島・リビア東部
ビテュニアおよびポントゥスBithynia et Pontus前63年トルコ北西部〜黒海南岸西部
シュリアSyria前63年シリアを中心に、レバノン・イスラエル北部・トルコ南東部の一部
キリキアCilicia前63年トルコ南部地中海沿岸
キュプロスCyprus前58年キプロス島
アフリカ・ノウァ(新アフリカ)Africa Nova前46年おおむねアルジェリア東部〜チュニジア西部のヌミディア方面

共和政期に恒常的属州として現れるのは上の諸州です。史料上、シキリアが最初の恒常的属州とされ、その後ヒスパニア・ギリシア・小アジア・シリア方面へ拡大していきます。ガリア・キサルピナは北イタリアの特別な地域で、長くイタリア本土との中間的地位にあり、後にイタリアへ法的に統合されました。

2 元首政期(アウグストゥス以後)の属州一覧

新たに設立・再編された属州を時代順に並べます。

2-1 アウグストゥス期

日本語名ラテン語名時期現在のおおよその地域
エジプトAegyptus前30年エジプト
アカイアAchaia前27年ギリシア南部(ペロポネソス・中部ギリシア)
ヒスパニア・タッラコネンシスHispania Tarraconensis前27年スペイン北部・東部・内陸部の広域
ルシタニアLusitania前27年ポルトガル中南部・スペイン西部
イリュリクムIllyricum前27年バルカン半島西部(クロアチア・ボスニア方面)
アクィタニアAquitania前27年または前16–13年フランス南西部
ガリア・ルグドゥネンシスGallia Lugdunensis前27年または前16–13年フランス中部
ガラティアGalatia前25年トルコ中部
アフリカ・プロコンスラリスAfrica Proconsularis前25年主としてチュニジア
ガリア・ベルギカGallia Belgica前22年フランス北東部・ベルギー・ルクセンブルク周辺
ラエティアRaetia前15年スイス東部・オーストリア西部・南ドイツ南部
ヒスパニア・バエティカHispania Baetica前14年スペイン南部(アンダルシア中心)
ゲルマニア・アンティクァGermania Antiqua前7年ライン川以東の一時的支配地域
モエシアMoesia紀元6年セルビア東部・ブルガリア北部周辺
ユダエアJudaea紀元6年イスラエル・パレスチナ地域の中核部

2-2 ティベリウス〜ネロ期

日本語名ラテン語名時期現在のおおよその地域
カッパドキアCappadocia紀元17年トルコ中東部
マウレタニア・ティンギタナMauretania Tingitana紀元42年モロッコ北部
マウレタニア・カエサリエンシスMauretania Caesariensis紀元42年アルジェリア北部西寄り
ノリクムNoricum紀元41/53年オーストリア大部・スロヴェニア北部
ブリタンニアBritannia紀元43年イングランド・ウェールズ中心
リュキアLycia紀元43年トルコ南西部
トラキアThracia紀元46年ブルガリア南部・ギリシア北東部・トルコ欧州部
アルペス・グライアエAlpes Graiae紀元47年頃アルプス西部、仏伊国境周辺
ポントゥスPontus紀元62年トルコ黒海南岸東部
ボスポロス王国(属州化は一時的)Regnum Bosporanum紀元63年クリミア東部・ケルチ海峡周辺
アルペス・マリティマエAlpes Maritimae紀元63年頃仏伊国境の地中海寄りアルプス
アルペス・コッティアエAlpes Cottiae紀元63年頃仏伊国境の内陸アルプス

2-3 フラウィウス朝〜トラヤヌス期

日本語名ラテン語名時期現在のおおよその地域
コンマゲネ(シュリアに併合)Commagene紀元72年トルコ南東部
小アルメニア(シュリアに併合)Armenia Minor紀元72年トルコ東部
リュキアおよびパンフィリアLycia et Pamphylia紀元74年トルコ南西〜南部沿岸
ゲルマニア・スペリオルGermania Superior紀元83/84年ドイツ南西部・フランス東部・スイス北部
ゲルマニア・インフェリオルGermania Inferior紀元83/84年オランダ南部・ベルギー東部・ドイツ西部
アラビアArabia紀元106年ヨルダン中心、シリア南部・サウジ北西部の一部
ダキアDacia紀元107年ルーマニア中心、周辺部を含む
エピルス・ノウァEpirus Nova紀元103/114年アルバニア周辺
アルメニアArmenia紀元114年アルメニア高原、現在のアルメニア共和国・トルコ東部方面
メソポタミアMesopotamia紀元116年イラク北部・シリア東部
アッシリアAssyria紀元116年イラク北部〜周辺

2-4 セウェルス朝以後

日本語名ラテン語名時期現在のおおよその地域
ヌミディアNumidia紀元193年アルジェリア東部・チュニジア西部
シュリア・コエレSyria Coele紀元194年シリア内陸部中心
シュリア・ポエニケSyria Phoenice紀元194年レバノン・シリア西部沿岸
オスロエネOsroene紀元214年トルコ南東部・シリア北部
ダキア・アウレリアナDacia Aureliana紀元271年ドナウ川南岸、現在のセルビア東部・ブルガリア北西部方面

元首政期には、アウグストゥスの再編でヒスパニア・ガリア・バルカン・東方属州の構造が整えられ、クラウディウスによるBritannia征服、トラヤヌスによるArabia・Dacia・Armenia・Mesopotamia方面への拡大が大きな節目です。ただし、Armenia・Mesopotamia・Assyriaなどは長期安定的に維持された属州ではなく、短期間で放棄・再編されたものもあります。

3 代表的な「時点別」一覧

「成立順」だけでなく、「ある時点でどの属州があったか」を見ると、全体像がつかみやすいです。

3-1 前146年頃(共和政中期)

  • Sicilia
  • Sardinia et Corsica
  • Hispania Citerior
  • Hispania Ulterior
  • Macedonia
  • Africa

この段階では、属州はまだ地中海西部とギリシア方面が中心です。

3-2 前27年(アウグストゥス体制成立直後)

共和政期の属州群に加えて、再編により

  • Aegyptus
  • Achaia
  • Hispania Tarraconensis
  • Lusitania
  • Illyricum
  • Aquitania
  • Gallia Lugdunensis
  • Gallia Belgica
  • Africa Proconsularis
  • Raetia
  • Hispania Baetica
    などが加わり、帝国的行政区画がほぼ整います。

3-3 117年頃(トラヤヌス末〜ハドリアヌス初)

この頃がローマ帝国の最大版図に最も近く、
西は Britannia、北は Germania Superior / Inferior、東は一時的に Armenia・Mesopotamia・Assyria、南は AegyptusArabia・北アフリカ諸州に及びます。

4 後期帝政について

ディオクレティアヌス以後は、属州がほぼ100前後に細分化され、従来の大属州がさらに小州へ分割されます。たとえば、かつての Britannia は複数州に、SyriaDacia も細かく分割されます。したがって、後期帝政の「全属州一覧」は、共和政期・元首政期の一覧とは別立ての記事で扱います。

後期帝政の属州細分化は、ディオクレティアヌス改革により属州が帝国のより下位の行政単位になったことによります。

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