ラテン語医学用語集

ラテン語

ラテン語の病名その他の医学用語を集めてみました。格変化ができるよう、単数属格形と性を併記します。解剖学用語については、すでに見た解剖学用語集とあわせて読むと、病名の構造がいっそうよく分かります。たとえば hepatitis は「肝臓」hepar の炎症、duodenitis は「十二指腸」duodenum の炎症というように、病名はしばしば解剖学用語に炎症を表す接尾辞が加わって作られています。


anaemia, anaemiae (f.)

貧血。

古典ギリシャ語 ἀν-(欠如)+ αἷμα(血)です。英語 anemia / anaemia、フランス語 anémie、ドイツ語 Anämie、イタリア語 anemia、スペイン語 anemia

ischaemia(虚血)と混同しやすいので、対で覚えると便利です。


bronchitis, bronchitidis (f.)

気管支炎。

これは古典ギリシャ語 βρόγχος(気管、のど、気道)に由来する bronchus / bronchium 系の語に、炎症を表す -itis が付いたものです。英語 bronchitis、フランス語 bronchite、ドイツ語 Bronchitis、イタリア語 bronchite、スペイン語 bronquitis、オランダ語 bronchitisはいずれも同系です。

医学的には、気管支の粘膜に炎症が起こった状態をいい、急性と慢性に分けられます。日常診療では風邪に続いて起こる急性気管支炎が多いですが、喫煙などと関係する慢性気管支炎は、慢性閉塞性肺疾患の一部として問題になります。

言語史的には、スペイン語の bronquitis では chqu に近い綴り処理を受けており、ロマンス語ごとの綴字習慣の違いも見られます。


carditis, carditidis (f.)

心炎。

古典ギリシャ語 καρδία(心臓)に由来します。ただし臨床では endocarditis, myocarditis, pericarditis のように、心臓の部位を細分して言うことが多いです。

ラテン語解剖学用語 cor, cordis に対して、病名ではギリシャ語 cardi- が優勢であることを示します。


chlamydia, chlamydiae (f.)

クラミジア。

語源は古典ギリシャ語 χλαμύς, χλαμύδος(外套、短いマント)です。細菌や微生物の外被のイメージから命名されたものです。英語 chlamydia、フランス語 chlamydia / chlamydiose、ドイツ語 Chlamydien、イタリア語 clamidia、スペイン語 clamidia などが対応します。

現代医学では Chlamydia trachomatis (クラミジア・トラコマチス)などを指し、性感染症、結膜炎、肺炎などとの関連で知られます。厳密には「クラミジア」は病原体名にも疾患名にも日常的に使われますが、学術的には区別されます。

語頭の chl- / cl- の揺れは、ギリシャ語 χ を各言語がどう受け取ったかを示す好例です。


cholera, cholerae (f.)

コレラ。

語源は古典ギリシャ語 χολή(胆汁)に関係するとされます。古代の体液説では、胆汁の異常が病気と結び付けて考えられたためです。英語 cholera、フランス語 choléra、ドイツ語 Cholera、イタリア語 colera、スペイン語 cólera、オランダ語 cholera です。日本語「コレラ」はオランダ語経由とも言われますが、国際語化した医学用語です。

医学史上、コレラは十九世紀に世界的流行を繰り返し、近代公衆衛生の成立に大きな影響を与えました。ジョン・スノウによるロンドンでの疫学的調査は、感染症と水系汚染の関係を示した有名な事例です。

なお、スペイン語 cólera は「怒り」の意味もあり、これはもともと「胆汁」と感情を結びつける古い身体観に由来します。


choleplania, choleplaniae (f.)

黄疸。

この語は、一般的な医学ラテン語としてはあまり標準的ではありません。黄疸については、通常はギリシャ語由来の icterus, icteri (m.) がよく用いられます。chole- は古典ギリシャ語 χολή(胆汁)に由来し、黄疸との関係自体は理解できますが、実用上は icterus を挙げたほうが自然です。

現代語では、英語 jaundice が日常語、icterus が学術語です。フランス語 jaunisse、ドイツ語 Ikterus / Gelbsucht、イタリア語 ittero、スペイン語 ictericia、オランダ語 geelzucht / icterus などがあります。
日本語「黄疸」は症候名であり、皮膚や眼球結膜が黄色く見える状態を指します。胆汁うっ滞、肝疾患、溶血など多くの原因があります。


duodenitis, duodenitidis (f.)

十二指腸炎。

これは duodenum(十二指腸)に -itis が付いた語です。duodenum 自体はラテン語 duodenum digitorum 「十二本の指の幅の」に由来し、日本語「十二指腸」はその原義をよく写しています。英語 duodenitis、フランス語 duodénite、ドイツ語 Duodenitis、イタリア語 duodenite、スペイン語 duodenitis などがあります。

医学的には、十二指腸の炎症を指し、潰瘍や胃酸分泌異常、感染などと関係しうる概念です。病名形成の点では、解剖学用語+-itis という非常に教科書的な構造を示します。


ego

自我。

これはラテン語の一人称単数代名詞 ego(わたし)です。フロイトの精神分析では、ドイツ語 Ich に対応する概念としてラテン語形 ego が国際化しました。英語 ego、フランス語 ego / moi、ドイツ語 Ich / Ego、イタリア語 io / ego、スペイン語 yo / ego などが対応します。

精神分析では、id(イド)、ego(自我)、superego(超自我)の三層構造が有名です。ただしこれは解剖学や病理学の語彙ではなく、心理学・精神医学・精神分析の理論語です。

言語学的には、人称代名詞がそのまま理論概念に転用された点が興味深く、ラテン語が近代思想の命名資源として用いられた一例です。


encephalitis, encephalitidis (f.)

脳炎。

語源は古典ギリシャ語 ἐγκέφαλος(脳)で、さらに ἐν(中に)+ κεφαλή(頭)と分析されます。つまり、「頭の中にあるもの」が原義です。英語 encephalitis、フランス語 encéphalite、ドイツ語 Enzephalitis、イタリア語 encefalite、スペイン語 encefalitis です。

医学的には、脳実質の炎症を意味し、ウイルス感染などが代表的原因です。臨床的には意識障害、痙攣、神経症状などを来します。

語頭の en- / enke- / ence- の変化は、ギリシャ語がラテン語・近代語に受け入れられる過程の音写の歴史を示しています。


enterococcus, enterococci (m.)

腸球菌。

entero- は古典ギリシャ語 ἔντερον(腸)、-coccusκόκκος(粒、種子)に由来します。したがって「腸の粒状菌」という構造です。英語 enterococcus、フランス語 entérocoque、ドイツ語 Enterokokkus、イタリア語 enterococco、スペイン語 enterococo です。

腸球菌は腸内細菌叢の一部ですが、尿路感染、心内膜炎、院内感染などで問題になることがあります。
ここでも、解剖学的部位(entero-)+形態語(-coccus) という命名法が見られます。


gastritis, gastritidis (f.)

胃炎。

古典ギリシャ語 γαστήρ, γαστρός(胃)に由来します。英語 gastritis、フランス語 gastrite、ドイツ語 Gastritis、イタリア語 gastrite、スペイン語 gastritis

解剖学用語 gaster / stomachus と合わせて覚えるとよい語です。


hepatitis, hepatitidis (f.)

肝炎。

語幹 hepat- は古典ギリシャ語 ἧπαρ, ἥπατος(肝臓)に由来します。ラテン語 hepar, hepatis もこのギリシャ語借用です。英語 hepatitis、フランス語 hépatite、ドイツ語 Hepatitis、イタリア語 epatite、スペイン語 hepatitis、オランダ語 hepatitis、日本語「肝炎」です。

医学的には肝臓の炎症を意味し、ウイルス性肝炎(A型、B型、C型など)がとくに有名です。
語形成の面では、hepar / hepat- のように、主格と語幹が異なる古典語形が近代医学語彙にそのまま残っている点が興味深いです。言語史的には、属格語幹が複合語形成に用いられる例として重要です。


icterus, icteri (m.)

黄疸。

古典ギリシャ語 ἴκτερος に由来します。英語 icterus, jaundice、ドイツ語 Ikterus、イタリア語 ittero、スペイン語 ictericiaです。choleplania も参照してください。


id

イド。

精神医学の用語です。ラテン語の三人称中性単数代名詞 id(それ)です。フロイトのドイツ語 Es に対応する国際語として用いられます。英語 id、フランス語 ça / id、ドイツ語 Es、イタリア語 Es / id、スペイン語 ello / id などがあります。

言語学的には、代名詞のような最も基本的な機能語が専門理論のラベルに変わるという点で興味深い用法です。


insania, insaniae (f.)

精神錯乱、狂気。

ラテン語 sanus(健全な、健康な)に否定接頭辞 in- が付いて、「不健全」「正気でない」が原義です。英語 insane, insanity、フランス語 insanité は学術的・文学的、ドイツ語では直接の同系語よりも Wahnsinn が普通です。イタリア語 insania、スペイン語 insania は文学的・学術的に見られます。

古代・中世には「狂気」は医学的現象であると同時に、宗教的・道徳的カテゴリーでもありました。

語源的には、身体の健康を表す sanus が精神の健康にも広がっている点が重要で、ラテン語では身体と精神の健全性が連続して捉えられていました。


insomnia, insomniae (f.)

不眠症。

これは in-(否定)+ somnus(睡眠)から成ります。英語 insomnia、フランス語 insomnie、ドイツ語 Insomnie あるいは Schlaflosigkeit、イタリア語 insonnia、スペイン語 insomnio、オランダ語 insomnie です。

現代医学では睡眠障害の一種として扱われ、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒などが問題となります。

ラテン語 somnus は神話では眠りの神 Somnus の名でもあり、日常語・神話・医学語彙が交差する語です。


ischaemia, ischaemiae (f.)

虚血。

語源は古典ギリシャ語 ἴσχειν(抑える、止める)+ αἷμ(血)で、「血が抑えられた状態」、すなわち血流不足を意味します。英語 ischemia / ischaemia、フランス語 ischémie、ドイツ語 Ischämie、イタリア語 ischemia、スペイン語 isquemia です。

「貧血」は通常 anaemia / anemia で、赤血球やヘモグロビンの不足を意味しますから、ischaemia とは別概念です。

語頭の isch- / isqu- の違いは、ギリシャ語由来語の各言語での綴字適応をよく示しています。


ischias, ischiadis (f.)

坐骨神経痛。

語源は古典ギリシャ語 ἰσχιάς で、股関節・寛骨部に関する痛みを意味しました。関連する解剖学用語には ἰσχίον(股関節、寛骨部)があり、ここからラテン語 ischiumnervus ischiadicus(坐骨神経)が出ています。英語 sciatica、フランス語 sciatique、ドイツ語 Ischias、イタリア語 sciatica、スペイン語 ciática です。

つまり、ドイツ語は比較的古典形を保ち、ロマンス諸語と英語では sciatica 系が一般化しています。
医学的には、坐骨神経に沿って下肢へ放散する疼痛を指す通俗的診断名です。


nephritis, nephritidis (f.)

腎炎。

古典ギリシャ語 νεφρός(腎臓)に由来します。英語 nephritis、フランス語 néphrite、ドイツ語 Nephritis、イタリア語 nefrite、スペイン語 nefritis

腎臓のラテン語固有語は ren, renis ですが、病名ではギリシャ語系 nephr- が優勢です。これは、解剖学語と病名語で語根がずれる好例です。


pancreatitis, pancreatitidis (f.)

膵炎。

pancreas は古典ギリシャ語 πάγκρεας, παγκρέατος に由来し、πᾶν(すべて)+ κρέας(肉)から成るとされます。つまり「全部が肉のようなもの」です。そこに -itis が付いて膵炎となります。英語 pancreatitis、フランス語 pancréatite、ドイツ語 Pankreatitis、イタリア語 pancreatite、スペイン語 pancreatitis です。

急性膵炎は激しい腹痛を来すことが多く、アルコールや胆石との関連が有名です。

語形成上は、解剖学用語のかなりの部分がギリシャ語起源であることを示す代表例でもあります。


pneumonia, pneumoniae (f.)

肺炎。

これは古典ギリシャ語 πνευμονία に由来し、この語はさらに πνεύμων(肺)または πνεῦμα(息、風、霊)と関係します。英語 pneumonia、フランス語 pneumonie、ドイツ語 Pneumonie、イタリア語 polmonitepneumonia、スペイン語 neumonía、オランダ語 pneumonie です。

英語などで(発音とは異なり)語頭の pn- が残るのは古典語由来の綴字を保存したためです。日本語話者には発音しづらい子音連続ですが、歴史的綴字として維持されています。

医学史的には、抗生物質登場以前の肺炎は非常に致死率の高い感染症でした。


rheumatismus, rheumatismi (m.)

リューマチ/リウマチ。

語源は古典ギリシャ語 ῥεῦμα(流れ)です。古代医学では、体内を流れる体液の異常が痛みや病気を起こすと考えられ、その「流れ」に由来して病名が作られました。英語 rheumatism、フランス語 rhumatisme、ドイツ語 Rheumatismus、イタリア語 reumatismo、スペイン語 reumatismo です。

現在では「リウマチ」はしばしば関節リウマチを指しますが、歴史的にはもっと広い疼痛性疾患の総称でした。

語頭の rh- はギリシャ語の帯気音を伝える古典的綴字で、フランス語では rh- を保ちながら発音は簡略化されています。


shigella, shigellae (f.)

赤痢菌。

これは発見者 志賀潔 の姓 Shiga から命名された新ラテン語です。英語 Shigella、フランス語 Shigella、ドイツ語 Shigella、イタリア語 Shigella、スペイン語 Shigella で、ほぼ共通です。

医学史的には、日本人細菌学者の名が国際医学命名法に組み込まれた例として重要です。

言語史的には、近代学名ラテン語が、古典語だけでなく人名・地名などをも自由に取り込んで新しい学術語を作っていることを示します。


spirochaeta, spirochaetae (f.)

スピロヘータ。

語源は古典ギリシャ語 σπεῖρα(螺旋)と χαίτη(髪、たてがみ)です。つまり「螺旋状の髪」のような形をした微生物という命名です。英語 spirochete / spirochaete、フランス語 spirochète、ドイツ語 Spirochäte、イタリア語 spirocheta、スペイン語 espiroqueta です。

梅毒の病原体 Treponema pallidum もスピロヘータの一種です。

形態に基づく命名の典型例で、顕微鏡観察の印象がそのまま語になっています。


streptococcus, streptococci (m.)

レンサ球菌(連鎖球菌)。

strepto- は古典ギリシャ語 στρεπτός(ねじれた、鎖状の)、-coccusκόκκος(粒)です。つまり「連なった粒状菌」という意味です。英語 streptococcus、フランス語 streptocoque、ドイツ語 Streptokokkus、イタリア語 streptococco、スペイン語 estreptococo です。

化膿性連鎖球菌、肺炎球菌との関連、猩紅熱や咽頭炎との関係など、臨床的に重要な菌群です。

ここでも、顕微鏡的形態が名称の中心になっていることが分かります。


superego

超自我。

これは super-(~の上に)+ ego(自我)です。フロイトのドイツ語 Über-Ich に対応します。英語 superego、フランス語 surmoi、ドイツ語 Über-Ich、イタリア語 super-io、スペイン語 superyó です。

精神分析では、規範・禁止・道徳的内面化を担う概念とされます。医学というより精神分析学・思想史の語です。

ラテン語接頭辞と代名詞を組み合わせて国際理論語が作られている点で、学術ラテン語の現代的継承と見ることができます。


syphilis, syphilis (f.)

梅毒。

この語は非常に有名で、十六世紀の医師・詩人ジローラモ・フラカストロのラテン語詩 Syphilis sive morbus gallicus (「梅毒またはフランス病」)に由来します。作中の羊飼い Syphilus の名が病名になりました。英語 syphilis、フランス語 syphilis、ドイツ語 Syphilis、イタリア語 sifilide / sifilide 系、スペイン語 sífilis です。

つまり、これは古典古代からの病名ではなく、ルネサンス期の新ラテン語文学から生まれた病名です。医学史・文学史の交差点にある語として非常に興味深いです。

なお、ラテン語 lues, luis (f.) は「疫病、伝染病」を意味し、lues venerea で梅毒を指すことがあります。


tuberculosis, tuberculosis (f.)

結核。

語根はラテン語 tuberculum(小さなこぶ、結節)で、病変の結節性外観に由来します。英語 tuberculosis、フランス語 tuberculose、ドイツ語 Tuberkulose、イタリア語 tubercolosi、スペイン語 tuberculosis です。

結核は近代以前から大きな死因であり、ロマン主義時代には「消耗性の病」として文化史的な意味も背負いました。コッホによる結核菌発見は医学史上の大事件です。tuberculinum(ツベルクリン)は結核菌由来の抽出物で、結核感染の検査に用いられてきました。


ulcus, ulceris (n.)

潰瘍。

英語 ulcer、フランス語 ulcère、ドイツ語 Ulkus / Geschwür、イタリア語 ulcera、スペイン語 úlcera、オランダ語 ulcus / zweer です。語源的にはラテン語固有語で、皮膚や粘膜が深く損傷した状態を表します。

医学的には胃潰瘍、十二指腸潰瘍、口腔潰瘍、褥瘡性潰瘍など多くの文脈で使われます。学術語 ulcus と日常語 Geschwürzweer のような在来語との対比は、医学語彙の二重構造をよく示します。


vulnus, vulneris (n.)

創傷。

ラテン語の基本語で、「傷、創傷、打撃」を意味します。英語 vulnerable(傷つきやすい)、invulnerable(傷つかない)などはこの語根に由来します。フランス語 vulnérable、イタリア語 vulnerabile、スペイン語 vulnerable も同系です。

医学的には外傷一般を指し、戦傷医学・外科学でも古くから重要な語です。

言語史的には、身体的な「傷」が比喩的に心理的・社会的な「脆弱性」へと広がった点が興味深いです。

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