ラテン語法学・政治学用語集

ラテン語

レース・プーブリカ(res publica、公共体=公的生活=国家)に関する用語を集めてみました。法律用語が中心です。

  1. 総論
  2. 1. 刑法・責任論に関する用語
    1. aberratio ictus
    2. actio libera in causa (a.l.i.c.)
    3. actio illicita in causa
    4. conditio sine qua non
    5. 関係法諺
  3. 2. 法律行為・契約・債権に関する用語
    1. accidentalia negotii
    2. conditio, conditionis (f.)
    3. error, erroris (m.)
    4. simulatio, simulationis (f.)
    5. reservatio mentalis
    6. donatio, donationis (f.)
    7. depositum, depositi (n.)
    8. novatio, novationis (f.)
    9. compensatio, compensationis (f.)
    10. obligatio, obligationis (f.)
    11. obligatio naturalis
    12. 関係法諺
  4. 3. 物権・占有・取得に関する用語
    1. accessio, accessionis (f.)
    2. traditio, traditionis (f.)
    3. mancipatio, mancipationis (f.)
    4. res mancipi / res nec mancipi
    5. fructus, fructus (m.)
    6. occupatio, occupationis (f.)
    7. possessio, possessionis (f.)
    8. 関係法諺
  5. 4. 家族法・身分法に関する用語
    1. adoptio, adoptionis (f.)
    2. matrimonium, matrimonii (n.)
    3. concubinatus, concubinatus (m.)
    4. patria potestas
  6. 5. 公法・政治制度に関する用語
    1. comitia, comitiorum (n. pl.)
    2. consul, consulis (m.)
    3. dictator, dictatoris (m.)
    4. magistratus, magistratus (m.)
    5. praetor, praetoris (m.)
      1. praetor urbanus
      2. praetor peregrinus
      3. praetor provinciae
    6. quaestor, quaestoris (m.)
    7. tribunus plebis
    8. senatus / senator / senatus populusque Romanus (SPQR)
    9. populus Romanus
  7. 6. 法源・法体系・法典に関する用語
    1. consuetudo, consuetudinis (f.)
    2. lex, legis (f.)
    3. Corpus Iuris Civilis
    4. Corpus Iuris Canonici
    5. Constitutio Criminalis Carolina (CCC)
  8. 7. 法とその分類
    1. ius, iuris (n.)
    2. ius civile
    3. ius gentium
    4. ius privatum / ius publicum
    5. ius cogens / ius dispositivum
    6. boni mores
    7. bona fides / bona fide
  9. 8. 国際私法・国籍法に関する用語
    1. lex fori
    2. lex domicilii
    3. lex patriae
    4. lex rei sitae
    5. forum domicilii
    6. forum non conveniens / forum conveniens
    7. erga omnes / inter partes
    8. ius sanguinis / ius soli
  10. 9. 国家と個人の地位
    1. status negativus / positivus / activus / passivus
    2. iustitia / iustitia distributiva
  11. 10. その他
    1. ex officio
    2. ex nunc / ex tunc
    3. ultra vires
    4. comitas, comitatis (f.)

総論

res publica は、直訳すれば「公共の事柄」です。

  • res は「事物、事柄」
  • publicapublicus, -a, -um(公の)の女性単数形
    したがって res publica は、単に「国家権力」だけでなく、公共生活・政治共同体・国家秩序まで含む広い語です。後のヨーロッパ語の republic, république, Repubblica などの語源でもあります。ローマ法では、公法・私法、国家・市民、官職・民会などを考えるとき、この「公共体」という観念が背後にあります。ローマ法が西欧法の基礎になったこと、また jus civilejus gentium の区別やプラエトル法が後世の法形成に大きな影響を与えたことは、現代の大陸法理解の出発点です。

1. 刑法・責任論に関する用語

aberratio ictus

打撃の錯誤、方法の錯誤。

  • aberratio は「逸脱、ずれ」
  • ictus は「打撃、打つこと」
    つまり「攻撃が狙った対象から逸れたこと」です。Aを狙って石を投げたのにBに当たるような場合です。

ローマ法そのものでは、現代刑法のような故意論・錯誤論はまだ体系化されていませんでした。しかし、中世末から近世の刑法学、特にドイツ刑法学では、主観(何を狙ったか)と客観(何が起きたか)をどう結びつけるかが大問題となり、この語が定着しました。現代ドイツ刑法・日本刑法でも、方法の錯誤と客体の錯誤を区別する議論でよく出てきます。

actio libera in causa (a.l.i.c.)

原因において自由な行為。

  • actio は「行為」
  • libera は「自由な」
  • in causa は「原因において」
    つまり、実行時点では責任能力がなくても、その状態に自ら自由意思で入ったなら、原因行為の時点に責任の根拠を求めようという理論です。典型例は、故意に泥酔して人を殺した場合です。

これはローマ古典法そのものの定式というより、中世末から近代刑法学、とくにドイツ語圏で発展した責任論です。カロリーナ刑事法典(1532年)は、神聖ローマ帝国の刑事法統一に大きな役割を果たし、後のドイツ刑法学の発展に強く影響しました。
現代のドイツ・日本の刑法学では、責任能力と原因行為の関係を説明する重要概念で、日本でも「原因において自由な行為」として定着しています。

actio illicita in causa

原因において違法な行為。
a.l.i.c. と似ていますが、こちらは「自ら違法に挑発・誘発した結果、後で正当防衛などを主張できるか」が問題となる場面で使われます。

  • illicita は「許されない、違法な」
    挑発防衛の制限論などと親和的です。ドイツ刑法学でよく論じられ、日本刑法学にも継受されています。

conditio sine qua non

「それがなければこれもない」条件。

  • conditio は「条件」
  • sine qua non は関係節的な言い回しで、「それなしには〜でない」
    因果関係論における条件説の古典的表現です。ある行為を取り去ったと仮定して結果が発生しないなら、その行為は結果の条件である、という考え方です。

これはローマ法の責任論が直接この形で言っていたというより、近代の刑法学・不法行為法学でラテン語化された表現です。現代のドイツ・日本の因果関係論でも出発点として重要です。

関係法諺

nullum crimen sine lege / nulla poena sine lege
法律なくして犯罪なし、法律なくして刑罰なし。
近代刑法の基本原理で、ドイツ基本法103条2項に対応する発想です。


2. 法律行為・契約・債権に関する用語

accidentalia negotii

法律行為の偶有的要素。

  • accidentalia は「付随的なもの」
  • negotiinegotium(法律行為・取引)の属格
    反対は essentialia negotii(本質的要素)です。
    たとえば売買なら、目的物と代金は本質的要素ですが、期限や条件は付加的要素です。

この区別は、ローマ法の契約論を中世注釈学派・註解学派、さらに近世自然法学とパンデクテン法学が抽象化して作った、現代私法学の基本整理です。ドイツ民法総則や日本民法の法律行為論にもそのまま影響しています。

conditio, conditionis (f.)

条件。
ラテン語では第3変化女性名詞です。属格が conditionis になるので、辞書ではこの形を添えて語幹を確認します。
法律行為に将来の不確実な事実を結びつける制度です。ローマ法以来、停止条件解除条件が重要でした。現代の日本民法やドイツBGBでも条件制度は基本的構造を保っています。

error, erroris (m.)

錯誤。
第3変化男性名詞。
現代民法では、真意と表示のずれに関する中心概念です。ローマ法でも、錯誤は意思形成・行為効力に影響するものとして意識されていましたが、現代のような一般理論はパンデクテン法学が整えました。日本民法の錯誤規定やドイツBGBの錯誤制度は、この抽象化の産物です。

simulatio, simulationis (f.)

虚偽表示。

  • simulatio は「仮装、偽装」
    相手方と通じて真意とは異なる外形を作ることです。
    たとえば贈与を隠して売買の形式をとる場合です。ローマ法以来、外形と真意の乖離は問題でしたが、現代民法における「通謀虚偽表示」の明確な体系化は近代私法学の成果です。

reservatio mentalis

心裡留保。

  • reservatio は「留保」
  • mentalis は「心の中の」
    口では承諾していても、心の中では承諾していない場合です。
    もっとも、相手に分からない単なる内心留保は、法的安定のため原則として保護されにくいです。日本民法・ドイツ法にこの考え方が見られます。

donatio, donationis (f.)

贈与。
ローマ法では、無償で財産を与える行為として重要でした。後にフランス民法・イタリア民法・スペイン民法・日本民法などでも独立の契約類型となります。

depositum, depositi (n.)

寄託。

  • depositum は第2変化中性名詞
    物を預かる契約です。ローマ法の典型契約の一つで、現代の寄託・保管契約の祖型です。

novatio, novationis (f.)

更改。
既存の債務を新たな債務に置き換えること。ローマ法でよく発達した概念で、フランス法・イタリア法・スペイン法では現在もかなり明確に用いられます。日本法では語としてはあまり前面に出ませんが、更改概念自体は残っています。

compensatio, compensationis (f.)

相殺。
互いに同種の債権を持つとき、対当額で消滅させる制度です。ローマ法末期以降に発展し、現代大陸法では共通の制度です。
フランス語 compensation、イタリア語 compensazione、スペイン語 compensación などにそのまま残っています。

obligatio, obligationis (f.)

債権・債務関係。
初心者がまず注意すべきなのは、obligatio は「債務」だけではなく、債権者と債務者を結ぶ法的拘束関係全体を指すことが多い点です。ローマ法では、物権と債権の区別が極めて重要で、後のドイツ法・日本法の「債権法」はここから来ています。

obligatio naturalis

自然債務。
訴権では強制できないが、任意に履行されたら取り戻せない債務です。ローマ法が生んだ精妙な概念で、法的強制力と道徳的・社会的拘束力の中間にあるものとして扱われました。現代日本法でも学説・判例上認められ、時効債務の弁済などで問題になります。

関係法諺

pacta sunt servanda
合意は守られるべきである。
契約拘束力の原理であり、近代には国際法にも拡張されました。グロティウス以降、この句はローマ法・自然法・国際法をつなぐ代表的な法諺になりました。


3. 物権・占有・取得に関する用語

accessio, accessionis (f.)

附合。
物と物が結合し、主物に従って権利帰属が決まることです。
ローマ法の物権法の中心概念で、土地と建物、素材と加工物、天然果実などが議論されました。日本民法の附合・混和・加工、ドイツ法の結合・加工、フランス法の accession に強く影響しています。

traditio, traditionis (f.)

引渡し。
現代語の「伝統」と同じ語源ですが、法学ではまず「物の引渡し」です。ローマ法では、方式を要しない所有権移転の基本形式として重要でした。
ドイツ法の「物権行為+引渡し」、日本法の引渡し概念にも長い影響を残しています。

mancipatio, mancipationis (f.)

握取行為。
古代ローマの非常に古い、儀式的な所有権移転方式です。

  • manus(手)と capere(取る)に関係する語だと説明されることがあります。
    証人や秤量者を要する厳格な方式行為で、土地・奴隷・役畜などの重要財産の移転に用いられました。
    現代法にそのまま残ってはいませんが、重要財産の移転には特別な形式が要るという発想は、不動産登記・公証制度などに形を変えて生きています。

res mancipi / res nec mancipi

手中物/非手中物。
ローマ農業社会で特に重要な財産と、それ以外の財産の区別です。現代の物権法にはそのまま残りませんが、「重要な財産を特別扱いする」という考え方の歴史的原型です。

fructus, fructus (m.)

果実。
第4変化男性名詞です。

  • fructus naturalis 天然果実
  • fructus civilis 法定果実
    家賃が「法定果実」とされるのは、経済的収益を果実概念で捉えるローマ法以来の伝統です。現代の日本民法・ドイツ法・フランス法でも果実の区別は重要です。

occupatio, occupationis (f.)

先占。
無主物を先に占有して所有権を取得することです。ローマ法の原始取得原因の代表例です。現代でも、遺失物・無主物先占・漁獲・採取などの議論に影響しています。国際法上の「領土の先占」にも語が転用されましたが、現代国際法では古典的先占論の適用余地はかなり限定的です。

possessio, possessionis (f.)

占有。
原文は posessio となっていますが、正しくは possessio です。
ローマ法の占有は、単なる事実支配でありながら、極めて強く保護されました。プラエトルによる占有保護命令は、後の大陸法の占有制度の基礎です。
現代の日本民法、ドイツBGB、フランス法でも、占有は所有権とは別に保護されます。

関係法諺

accessio cedit principali
従物は主物に従う。
bona fide possessor fructus consumptos suos facit
善意占有者は費消した果実を自己のものとする。
この発想は現代日本民法189条・190条の背景にもあります。


4. 家族法・身分法に関する用語

adoptio, adoptionis (f.)

養子縁組。
ローマ法では、家の継続、家父権の移動、相続秩序の維持に深く関係する制度でした。現代の養子制度は福祉的要素が強くなっていますが、自然の親子関係に準じた法効果を与えるという骨格はローマ法的です。

matrimonium, matrimonii (n.)

婚姻。
第2変化中性名詞。
ローマ法では婚姻は家族法の中心制度で、後に教会法を通じて「合意によって成立する婚姻」という発想が強まりました。現代ヨーロッパ諸国や日本における婚姻自由・当事者意思尊重の背景にもこの伝統があります。

concubinatus, concubinatus (m.)

内縁・妾関係。
第4変化男性名詞。
ローマ法では婚姻ではないが一定の持続的男女関係として扱われました。現代法上の「内縁」とはそのまま同じではありませんが、婚姻外の安定した生活関係を法がどう見るか、という問題の古い祖型です。

patria potestas

家父権。

  • patria は「父の」
  • potestas は「権力」
    ローマの家では家父が強い権限を持ちました。
    現代家族法はこれをそのまま継承してはいませんが、親権・監護権の歴史を理解するうえで不可欠です。

5. 公法・政治制度に関する用語

comitia, comitiorum (n. pl.)

民会。
複数形で用いられる中性名詞です。
ローマ共和政では、人民が法や選挙に関与する制度的場でした。

  • comitia curiata クリア民会
  • comitia centuriata ケントゥリア民会
  • comitia tributa トリブス民会
    ブリタニカも、comitia をローマ共和政における法的な人民集会と説明しています。

現代議会制度と完全に同一視はできませんが、人民の組織的意思形成という点で、後の代議制や市民的参加の歴史的前段階です。

consul, consulis (m.)

執政官。
共和政ローマの最高政務官で、原則2名、任期1年、同僚制です。軍事指揮・政治主導を担いました。
「権力を1人に集中させない」ローマ的発想が見えます。現代の合議制・任期制・権力分立を考える上でも象徴的です。

dictator, dictatoris (m.)

独裁官。
非常時に限って設けられた臨時政務官で、任期は最長6か月。
現代語の「独裁者」とはかなりニュアンスが違い、もともとは共和政秩序の中の非常権限でした。近代憲法における国家緊急権論を考える際にも参照されます。

magistratus, magistratus (m.)

政務官。
第4変化名詞。
ローマの公職一般を指します。現代の「官吏」と完全には一致せず、政治性の強い職です。

praetor, praetoris (m.)

法務官。
最初は広い政務官概念でしたが、共和政後期には主として司法に関わる職となりました。ブリタニカによれば、367 BCE に設置され、その後、外国人事件のために praetor peregrinus が置かれました。プラエトルの告示(edictum)は私法発展の巨大な原動力となり、ius honorarium を形成しました。

praetor urbanus

ローマ市民同士の事件を扱う法務官。

praetor peregrinus

外国人またはローマ人と外国人の事件を扱う法務官。ここから ius gentium の実務的発展が促されました。

praetor provinciae

属州総督的文脈で使われることがありますが、時代により実際の官職編成は変動します。厳密には、属州統治は執政官・法務官経験者が総督として派遣される仕組みが複雑に発展しました。

quaestor, quaestoris (m.)

財務官。
国家財政・軍の会計・文書管理などに関わる初級政務官でした。
quaestor urbanus が正綴です。

tribunus plebis

護民官。
平民の利益を守るために設けられた官職で、神聖不可侵とされました。拒否権の歴史的祖先としてよく注目されます。

senatus / senator / senatus populusque Romanus (SPQR)

元老院/元老院議員/元老院およびローマ人民。

  • senatussenex(老人)に関係する語。
    共和政ローマの政治的正統性は、元老院と人民の結合として理解されました。SPQR はその象徴的標語です。

populus Romanus

ローマ人民。
現代の「主権者たる国民」を考えるときにも象徴的な語です。もっとも、ローマの populus は今日の国民主権概念と同一ではありません。


6. 法源・法体系・法典に関する用語

consuetudo, consuetudinis (f.)

慣習。
ローマ法でも慣習は重要な法源でした。現代でも慣習法成立には一般に、継続した慣行と法的確信が必要とされます。

lex, legis (f.)

法律。
第3変化女性名詞。
ローマではもともと民会制定法を意味しましたが、帝政以後は皇帝の立法や元老院議決などとの関係で変化しました。現代語の legge, ley, loi などの祖語です。

Corpus Iuris Civilis

市民法大全。
ユスティニアヌス帝治下で編纂された法集群の後世的総称で、中心は Codex, Digest, Institutiones, Novellae です。ブリタニカも、529~565年のユスティニアヌスの編纂事業として説明しています。
これが中世ボローニャで研究され、注釈学派・註解学派・パンデクテン法学へ連なり、近代民法体系の母体になりました。

Corpus Iuris Canonici

カノン法大全。
教会法の大集成で、俗法としてのローマ法と並んで中世ヨーロッパの ius commune を構成しました。婚姻法・遺言法・手続法などへの影響は非常に大きいです。

Constitutio Criminalis Carolina (CCC)

カール刑事法典。
1532年、神聖ローマ帝国のカール5世のもとで成立した刑事法典で、帝国刑事法統一の重要な節目です。名称の Carolina は確かに「カールの」という意味です。近世ドイツ刑事法の形成、糺問手続、自白・拷問の制度化などに深い影響を与えました。


7. 法とその分類

ius, iuris (n.)

法、権利。
最重要語です。ラテン語では「法」と「権利」が同じ語で表されます。
この二面性は、ドイツ語 Recht、フランス語 droit、イタリア語 diritto、スペイン語 derecho にも残っています。
法秩序全体を指すことも、個別の権利を指すこともあるので、文脈で見分ける必要があります。

ius civile

市民法。
ローマ市民固有の法を意味しましたが、後世には「民法」の意味でも用いられます。ブリタニカも、共和政期の jus civile はローマ市民にのみ適用されたと説明しています。
現代の droit civil, diritto civile, derecho civil はここに由来します。

ius gentium

万民法、諸国民の法。
ローマ市民と外国人、外国人相互の関係で発展した法で、ローマ法の形式主義を和らげる柔軟な法でした。後には「諸国民に共通する法」、さらに近代には「国際法」の語感へ近づきます。ローマの外国人事件処理とプラエトルの実務から発達したことは、ブリタニカも説明しています。
ドイツ語の Völkerrecht(諸国民の法)は、この伝統を強く感じさせます。

ius privatum / ius publicum

私法/公法。
ウルピアーヌスの有名な区別の系譜にあります。
現代フランス法・ドイツ法・イタリア法・日本法の法学教育が「公法/私法」の大区分を前提にするのは、ローマ法以来の伝統の延長です。

ius cogens / ius dispositivum

強行法規/任意規定。

  • cogenscogere(強制する)の現在分詞
  • dispositivum は「処分可能な、補充的な」
    当事者意思で排除できない規範と、当事者意思で修正できる規範の区別です。現代契約法・家族法・労働法で決定的に重要です。
    なお、ius cogens は現代国際法では「逸脱の許されない強行規範」の意味でも定着しています。

boni mores

善良の風俗。

  • bonibonus の複数属格ではなく、ここでは慣用的に「善良な」ニュアンスをもつ形
  • mores は「風俗、習俗、道徳」
    日本民法90条は「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」と定めています。
    ドイツBGB138条1項も「善良の風俗に反する法律行為は無効」と定めています。
    つまり boni mores は、現代私法における一般条項の祖型の一つです。

bona fides / bona fide

善意/善意で。

  • bona fides は名詞句
  • bona fide はその奪格で、「善意で」「誠実に」
    ローマ法では、これは単なる主観的無過失だけでなく、誠実・信義・公正な取引態度を含む広い概念でした。現代ドイツ法の Treu und Glauben、フランス法の bonne foi、オランダ法の信義誠実、日本法の信義則に連なる大きな系譜です。善意取得や占有果実の制度にも強く関係します。

8. 国際私法・国籍法に関する用語

lex fori

法廷地法。
裁判をしている裁判所の所属する国の法です。手続法や訴訟運営では今も基本概念です。

lex domicilii

住所地法。
属人法の連結点として伝統的に重要でした。英米法系では今も住所・常居所が大きな意味を持ちます。

lex patriae

本国法。
国籍国法を指します。19世紀イタリアのマンチーニ以降、大陸法諸国では属人法の原則的連結点として広く採用されました。日本の国際私法でも本国法主義が強いです。

lex rei sitae

所在地法。
物権の準拠法として最重要です。日本の通則法13条も、動産・不動産の物権は所在地法によると定めています。

forum domicilii

住所地の法廷。
被告住所地管轄の原則と結びつきます。ローマ法以来、原告は被告の法廷に従うという発想が強いです。

forum non conveniens / forum conveniens

不便宜法廷/便宜法廷。
これは大陸法よりむしろ英米法の用語ですが、ラテン語表現として国際民事手続で広く知られます。

erga omnes / inter partes

対世的に/当事者間で。

  • erga omnes は「すべての人に向かって」
  • inter partes は「当事者間で」
    物権は通常 erga omnes、契約債権は基本的に inter partes です。
    現代憲法訴訟や国際法でも使われます。

ius sanguinis / ius soli

血統主義/出生地主義。
日本は原則として血統主義で、法務省も「父母両系血統主義」と説明しています。
一方、フランスやアメリカは出生地主義的要素が比較的強いですが、実際には多くの国で両者が組み合わされています。
ここでもラテン語が、現代国籍法の基本分類語としてそのまま生きています。


9. 国家と個人の地位

status negativus / positivus / activus / passivus

ゲオルク・イェリネックの有名な地位分類です。

  • status negativus 国家の介入を受けない地位(自由権)
  • status positivus 国家に給付を求める地位(社会権)
  • status activus 国家意思形成に参加する地位(参政権)
  • status passivus 国家の命令・負担を受忍する地位

これはローマ古典法の用語ではなく、近代ドイツ公法学の概念ですが、ラテン語によって整理されています。日本の憲法学にも強く継受されています。

iustitia / iustitia distributiva

正義/配分的正義。
アリストテレス以来の正義論を、ローマ法・中世法学・近代法哲学が受け継いだものです。
現代の社会保障・租税・教育機会・福祉国家の議論でも、「配分的正義」という言葉は生きています。


10. その他

ex officio

職権で。
裁判所や行政庁が、当事者の主張を待たずに行う行為です。
現代大陸法では、家事事件・行政事件・刑事手続などで特に重要です。

ex nunc / ex tunc

将来効/遡及効。

  • nunc は「今」
  • tunc は「そのとき」
    取消し・解除・無効・違憲判決などで非常によく出ます。現代法学ではほぼ共通語です。

ultra vires

権限踰越の。
本来は英米会社法で有名な法理ですが、現在では国際機関法、公法、行政法でも広く使われます。日本でも歴史的には民法43条をめぐる議論との関係で重要でした。

comitas, comitatis (f.)

礼譲。
国際私法・国際法で、他国の法秩序や裁判を尊重する態度を表す語です。強制的義務ではなく、法秩序相互の礼譲・調和というニュアンスがあります。


まとめ

この種のラテン語用語は、単なる飾りではありません。
ローマ法が作った制度を、中世の注釈学派・註解学派が読み直し、近世自然法学が普遍化し、19世紀ドイツのパンデクテン法学が抽象体系に組み直した結果、現代のイタリア・スペイン・フランス・ドイツ・オランダ・日本の法学でも、そのまま、あるいは翻訳語の形で生き続けています。とくに bona fides, ius civile, ius gentium, obligatio, possessio, traditio, lex fori, lex rei sitae のような語は、制度史・比較法・現代実務を一本でつなぐ「鍵語」です。ローマ法が西欧諸国の民法典の基層をなし、ドイツでは近代法典成立まで補充法として機能していたことは、そのことを端的に示しています。

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