ラテン語の頻度の表現

ラテン語

頻度の表現、すなわち、物事が「いつも」起こるのか、「しばしば」起こるのか、「時々」なのか、それとも「決して」起こらないのかを表す語は、どの言語でも基本的で重要な語彙に属します。

この種の語彙は、一見すると単純な基本語にすぎないようですが、言語学や言語史の観点から見ると興味深い点が少なくありません。なぜなら、頻度副詞はきわめて日常的で使用頻度が高いため、古い層の語形を比較的よく保つこともあれば、逆に、口語の中で置き換えや意味のずれが激しく起こることもあるからです。そのため、現代ロマンス諸語との対応関係は、語や言語によってかなり異なります。比較的そのまま受け継がれているものもあれば、別の表現に取って代わられたものもあり、文語や硬い表現としてのみ残っているものもあります。

以下に、ラテン語の主な頻度表現をまとめておきます。現代ヨーロッパ諸語にも、直接的または間接的な痕跡が多かれ少なかれ残っています。


semper

いつも。常に。
ラテン語でもっとも基本的な頻度副詞の一つで、「常に」「絶えず」を意味します。きわめて古い基本語であり、古典ラテン語では日常文から詩文まで非常に広く見られます。意味のうえでは、単に反復を示すだけでなく、「不変に」「終始一貫して」といったニュアンスを帯びることもあります。

言語史的に見ると、この語はロマンス諸語に比較的よく残った語の一つです。イタリア語 sempre、スペイン語 siempre はまさにこの semper に由来します。形は変化していますが、意味はかなり安定して受け継がれているといえます。このように、頻度副詞の中には、古典ラテン語の基本語がそのまま現代語の中核語彙へ連続している例もあります。


saepe

しばしば。よく。
反復的に起こることを表す副詞で、日本語の「しばしば」「よく」にあたります。semper が「常に」であるのに対し、saepe は「高頻度ではあるが恒常的ではない」という点で、より現実的・日常的な反復を表します。

語源については古く、明確に単純な現代語対応を示すタイプの語ではありません。そのため、semper のように現代ロマンス諸語にそのままの形でよく残った語とは少し性格が異なります。言語史的にいえば、このような高頻度副詞であっても、後代の口語では別表現に置き換えられることがあり、基本語彙だからといって必ずしも形が保存されるとは限りません。実際、現代ロマンス諸語では「しばしば」を表す語として、ラテン語 saepe そのものよりも、別系統の語が一般化していることが多いです。


interdum

時折。時には。
これは比較的分かりやすい複合語で、inter(間に)と dum(その間、~するあいだに)から成ると考えられます。したがって、原義としては「ある時とある時の間に」「折々に」といった感じであり、そこから「時折」「時には」という意味が生じています。

この語は、意味構造がかなり透明である点が特徴です。ラテン語には、このように前置詞や接続詞的要素を組み合わせて副詞を作る傾向が見られ、interdum はその好例です。現代語に直接そのまま残っているとは言い難いものの、「時々」「折に触れて」という発想自体は、ロマンス諸語・ゲルマン諸語を問わず、後代の周辺表現の中に広く受け継がれています。


nonnumquam

まったくしないわけではない。時折。
直訳すると「決して~ないわけではない」であり、non(否定)と numquam(決して~ない)とが結びついた語です。したがって、意味としては単純な「時々」よりも少し婉曲で、「皆無ではない」「たまにはある」といった控えめな言い回しになります。

これはラテン語の表現上の面白い特徴をよく示しています。すなわち、ラテン語では単純な肯定よりも、否定を二重化して穏やかな肯定を表す言い方がしばしば用いられます。文体的には、断定を和らげる効果があり、学術的・修辞的な文章に向いています。現代語でも、英語の not uncommon やドイツ語の nicht selten のように、否定を用いて婉曲的に頻度を示す表現がありますが、nonnumquam はそのラテン語版と見ることもできます。


raro

稀にしか~しない。~するのは稀である。
形容詞 rarus(まばらな、稀な)に由来する副詞です。したがって、もともとの発想は「間隔があいている」「密でない」ということであり、そこから「めったに~しない」という意味が生まれています。

語源的には、頻度表現が空間的・数量的な感覚から生じることを示す例として興味深い語です。「まばらである」という空間的イメージが、そのまま時間的頻度の低さへ転用されているわけです。現代ヨーロッパ語でも、英語 rare、フランス語 rare などに見られるように、同系の語根は「稀な」という意味で広く生きています。もっとも、これらは通常は形容詞として使われ、副詞的な頻度表現としては各言語で別の語法が発達しています。


numquam

まったく~しない。決して~しない。
全面的否定を表す副詞です。語源的には、否定要素と「いつか」「どこかの時」を表す要素とが結びついて、「いかなる時にも~ない」という意味になったものと考えられます。日本語の「一度も~ない」や英語の never に近い働きをします。

言語史的に見ると、否定副詞はしばしば再編成を受けやすい語類です。強い否定表現は、口語の中でより強調的な別の形に置き換えられることがあり、そのため古典語の形がそのまま残るとは限りません。numquam も、ラテン語では基本語でしたが、現代ロマンス諸語では別系統の否定副詞が一般化していることが多く、ここにも語彙交替の一例を見ることができます。


cotidie / cottidie / quotidie

毎日。日ごとに。
「日」を意味する dies を含む語であり、語形成上も比較的分かりやすい表現です。綴りに cotidie / cottidie / quotidie などのゆれが見られるのは、古典期からすでに音形・綴字に一定の変動があったことを示しています。こうしたゆれは、ラテン語が一枚岩の固定言語ではなく、発音・綴字・文体の差を含んだ歴史的言語であったことを物語っています。

この語と関連する形容詞 quotidianus / cotidianus は、現代ヨーロッパ諸語に比較的よく痕跡を残しています。イタリア語 quotidianamente、スペイン語 cotidianamente、フランス語 quotidiennement などは、その系統に属する語です。また、英語にも学術的・やや文語的な語として quotidian があり、「日常の」「毎日の」という意味で用いられます。

言語史的に見ると、ここではラテン語の副詞そのものよりも、それに対応する形容詞派生語のほうが現代語に強く残った、という点が興味深いところです。このように、古典語の一つの語が、そのままではなく派生形を通じて後代に生き残ることは珍しくありません。


quotannis

毎年。年ごとに。
これは「年」を意味する annus を含む語であり、構造としては quotidie に対応する年単位の頻度表現と考えると分かりやすいでしょう。意味はきわめて明快で、「毎年」「年ごとに」です。

もっとも、quotidie ほどには現代語に明確な痕跡を残していないように見えます。現代ロマンス諸語では、「毎年」を表す語として、より分析的な言い方、たとえば「各年に」「年ごとに」に相当する表現が一般化しています。この点は、頻度表現の継承において、日常性の高い「毎日」は一語的に残りやすい一方、「毎年」は別の構文に置き換えられやすいことを示しているのかもしれません。


ラテン語の頻度表現を見ていくと、現代語への継承のされ方にはかなり差があることが分かります。semper のように比較的そのままロマンス諸語に残ったものもあれば、saepenumquam のように、意味機能自体は引き継がれていても、語形としては別の表現に置き換えられたものもあります。また、quotidie のように、副詞本体よりも派生形 quotidianus の系列のほうが現代語に強く残った語もあります。

このことは、語彙継承が単純な「古典ラテン語の単語がそのまま現代語になる」という過程ではないことをよく示しています。とくに頻度副詞のような高頻度語は、口語的再編成、意味の微調整、周辺表現への置換、派生語の優勢化などが起こりやすく、むしろ言語変化の影響を敏感に反映する領域なのです。その意味で、こうした小さな副詞群は、ラテン語から現代ヨーロッパ諸語への連続と断絶の両方を観察するうえで、きわめて興味深い材料といえるでしょう。

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