ラテン語の星座(黄道十二宮 – duodecim signa zodiaci)

ラテン語

以下に、ラテン語で黄道十二宮をまとめておきます。ここでは、へびつかい座 Ophiuchus は含めません。ラテン語については、格変化が分かるように、単数主格形・属格形・性を示します。

黄道十二宮は、単なる占星術上の記号ではなく、もともとは黄道帯、すなわち太陽・月・惑星が通る天球上の帯を、十二の区分に分けて把握したものです。ブリタニカによれば、黄道帯は古代バビロニア・ギリシアの天文学・占星術の伝統を経て整理され、後にラテン語世界でも定着しました。したがって、ラテン語の星座名といっても、純粋にローマ独自の命名というより、古代オリエント・ギリシアの星座観をラテン語化して受け継いだものと理解するのが適切です。

また、十二宮の名称を眺めると、その多くが動物名または人物像に由来していることが分かります。実際、ブリタニカは、Libra を除けば黄道十二宮は動物あるいは生きた存在によって表されると説明しています。つまり、黄道十二宮は、古代人が天の帯を具体的な生き物や人物の姿として把握した結果生まれた、きわめて図像的な命名体系でもあるのです。


Aries, Arietis (m.)

牡羊座(おひつじ座)。白羊宮。記号は「♈」。
Aries はラテン語で「牡羊」を意味し、属格は Arietis です。語源的には、ラテン語の基本語彙に属する動物名であり、現代英語の Aries もこのラテン語形をそのまま学術語として受け継いでいます。ブリタニカも Aries を zodiacal constellation の一つとして扱っています。

神話的には、ギリシア神話の金毛の羊と結びつけて理解されることが多く、後のアルゴー船伝説とも関連づけられます。言語史的に見ると、この星座名はローマ人がゼロから名づけたというより、ギリシア的星座解釈をラテン語の既存語彙 aries で置き換えたものと考えるのが自然です。つまり、ここでは星座の観念はギリシア的、語形はラテン語的という二重性が見られます。


Taurus, Tauri (m.)

牡牛座(おうし座)。金牛宮。記号は「♉」。
Taurus は「牡牛」を意味するラテン語で、属格は Tauri です。現代語でも Taurus はほとんどそのまま学術的名称として使われています。黄道十二宮の中でも、もっとも分かりやすい動物名の一つといえるでしょう。

神話的には、ゼウスが牡牛の姿を取ってエウロペーをさらった物語などと結びつけられることが多いですが、星座そのものの起源はより古く、バビロニア以来の牛の図像にさかのぼると考えられます。したがって、この名称にも、古代オリエントの星座観→ギリシア神話的再解釈→ラテン語化という文化的継承の層があると見ることができます。


Gemini, Geminorum (m. pl.)

双子座(ふたご座)。双児宮。記号は「♊」。
Gemini はラテン語 geminus(双生の、対になった)に由来する複数形で、属格は Geminorum です。したがって、この星座名は「双子たち」という意味になります。複数形であること自体が、この星座の図像が最初から二人一組として理解されていたことをよく示しています。

神話的には、通常、カストルとポルックスの兄弟と結びつけられます。言語学的に見ると、ここでは動物名ではなく、「双子」という関係概念そのものが星座名になっている点が特徴的です。黄道十二宮の中でも、Gemini は単なる名前ではなく、数的・対称的な発想が前面に出た例だといえるでしょう。


Cancer, Cancri (m.)

蟹座(かに座)。巨蟹宮。記号は「♋」。
Cancer はラテン語で「蟹」を意味し、属格は Cancri です。現代英語でも cancer は「癌」の意味で日常的に使われますが、これはもともと「蟹」に由来します。腫瘍が蟹の脚のように広がるという古代医学上の比喩から、同じ語が病名にも転用されたためです。したがって、この星座名は、天文学だけでなく医学用語史にも関わる重要語です。

神話的には、ヘーラーに遣わされてヘラクレスに立ち向かった蟹と結びつけられます。言語史的に見ると、Cancer は日常語・星座名・医学語が一つのラテン語語幹の上で分岐した好例であり、古典語の語彙が後世に多方向へ展開していく様子を示しています。


Leo, Leonis (m.)

獅子座(しし座)。獅子宮。記号は「♌」。
Leo は「獅子」を意味する語で、属格は Leonis です。形の上からも、ラテン語の基本語彙の一つとして理解しやすい語です。現代語でも Leo はそのまま星座名・人名として広く用いられています。

神話的には、ネメアの獅子との関連で理解されることが多いですが、これもまたギリシア神話的再解釈の一つです。獅子という強力な動物が黄道上に置かれていること自体は、より広い古代の象徴体系の中で理解すべきでしょう。言語史的には、Leo はラテン語形がほとんどそのまま後代に残った、保存度の高い星座名の一つです。


Virgo, Virginis (f.)

乙女座(おとめ座)。処女宮。記号は「♍」。
Virgo は「乙女」「若い女性」を意味するラテン語で、属格は Virginis です。黄道十二宮の中では数少ない明確な女性像を表す名称であり、現代英語 virgin とも語源的に関係しています。ブリタニカも Virgo を黄道十二宮の一つとして扱っています。

神話的には、しばしばアストライアデーメーテール、あるいは収穫と結びついた女神像と関連づけられます。言語学的に見ると、Virgo は具体的な人物名ではなく、身分・年齢・性別を表す普通名詞がそのまま星座名になった例です。この点で、Aries や Leo のような動物名とは少し性格が異なります。


Libra, Librae (f.)

天秤座(てんびん座)。天秤宮。記号は「♎」。
Libra はラテン語で「秤」「天秤」を意味し、属格は Librae です。ブリタニカは、Libra が黄道十二宮で唯一、無生物を表す星座であること、そしてラテン語で「balance」を意味することを明記しています。

この星座は、言語史・星座史の両面から特に興味深い存在です。というのも、ブリタニカによれば、約二千年前のローマ人は Libra を独立した星座と見なしたが、それ以前には Scorpius の「爪」の一部として理解されることがあったからです。つまり、Libra は十二宮の中でも比較的後に独立性を強めた星座であり、その命名にはローマ的再編成が大きく関わっているのです。さらに、秋分点と結びついて「昼夜の均衡」を象徴する星座として理解されたことも、この名称にふさわしい背景といえます。


Scorpius / Scorpio, Scorpii / Scorpionis (m.)

蠍座(さそり座)。天蝎宮。記号は「♏」。
ラテン語では Scorpius のほか Scorpio も見られます。いずれも「さそり」を意味し、属格もそれぞれ Scorpii, Scorpionis などの形が立ちます。黄道十二宮の名称の中でも、語形のゆれが比較的よく意識されるものの一つです。

神話的には、オーリーオーンを刺した蠍と結びつけられるのが通例です。また、先に見たように、Libra が独立する以前には、この周辺の星々が Scorpius の「爪」と見なされていた可能性がありました。したがって、Scorpius は単独の星座名であるだけでなく、Libra の成立史とも密接に結びつく星座でもあります。


Sagittarius, Sagittarii (m.)

射手座(いて座)。人馬宮。記号は「♐」。
Sagittarius は、ラテン語 sagitta(矢)から派生した語で、「弓を射る人」「射手」を意味します。したがって、これは単なる武器名ではなく、矢を扱う者を表す職能・行為者名です。語形成の点から見ても、ラテン語として非常に分かりやすい名前です。

図像的には、しばしばケンタウロスの姿で表されるため、日本語では「人馬宮」とも呼ばれます。ここでは、ラテン語名そのものは「射手」に重点を置いているのに対し、図像の受容では「半人半馬」の姿が強く意識されるという、名称と図像のずれが見られます。この点も星座名の受容史として興味深いところです。


Capricornus, Capricorni (m.)

山羊座(やぎ座)。磨羯宮。記号は「♑」。
Capricornus は、一般に caper / capri-(牡山羊)と cornu(角)から成ると理解され、「角ある山羊」「角をもつ牡山羊」を意味します。語源的には、ラテン語の複合語形成の好例です。現代英語 Capricorn も、まさにこのラテン語から来ています。

もっとも、実際の図像では、単なる山羊ではなく、しばしば魚の尾をもつ山羊として描かれます。ここには、古代オリエント的な混成獣のイメージが流れ込んでいます。つまり、Capricornus というラテン語形は比較的素直に理解できる一方、星座の神話的実体はもっと複雑なのです。名称はラテン語的に明晰でも、その背後の図像は多文化的である、という好例です。


Aquarius, Aquarii (m.)

水瓶座(みずがめ座)。宝瓶宮。記号は「♒」。
Aquariusaqua(水)からの派生語で、「水を運ぶ者」「給水者」を意味します。したがって、この星座名も Sagittarius と同じく、単なる物の名ではなく、行為者名です。属格は Aquarii です。

図像的には、水瓶を傾けて水を注ぐ人物として表されるのが普通であり、黄道十二宮の中では人物像と自然要素とが結びついた名称といえます。言語史的には、aqua というきわめて基本的なラテン語から、星座名という抽象化された名称が形成されている点が興味深く、ローマ人が既存の語彙資源を用いて天の図像を言語化していたことがよく分かります。


Pisces, Piscium (m. pl.)

魚座(うお座)。双魚宮。記号は「♓」。
Pisces はラテン語 piscis(魚)の複数形で、「魚たち」を意味します。属格は Piscium です。したがって、この星座名は Gemini と同様、最初から複数的に理解される星座です。日本語で「双魚宮」と呼ばれるのも、その点をよく表しています。

神話的には、アフロディーテーとエロースが魚に変じた物語などと結びつけられることがあります。言語学的に見ると、Pisces はラテン語の普通名詞複数形がそのまま星座名になった例であり、星座命名が必ずしも特殊な造語だけによらず、日常語彙の転用によっても成り立っていたことを示しています。


黄道十二宮の名称が語るもの

ラテン語の黄道十二宮の名称を見ていくと、そこには少なくとも三つの層が重なっていることが分かります。第一に、牡羊・牡牛・蟹・獅子・魚のような、ラテン語の基本語彙による直接的命名があります。第二に、Gemini, Sagittarius, Aquarius のように、関係や行為を表す語が星座名となった例があります。第三に、Libra のように、後代のローマ的再解釈や再編成が強く反映した例もあります。

つまり、黄道十二宮のラテン語名は、単なるラテン語単語の一覧ではありません。それは、古代オリエントの天文学、ギリシア神話的解釈、ローマ語彙による翻案、そして後代ヨーロッパへの継承が重なってできた文化史の断面でもあります。その意味で、これらの名称は、天文学・占星術・神話・言語史が交差する場所に立つ語彙群だといえるでしょう。

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